日記 2019年10月20日 日曜日

2019年10月20日 日曜日

 

猫が部屋の扉をひっかく音で目が覚めた。
少しでも動くとギィギィときしむベッドは二度寝を防いでくれる。
裸のまま猫を抱き上げようとするとどうしてか逃げられてしまった。
ベランダの戸を開けると一目散にやってきた。今度こそ抱き上げて景色を見せてやる。

 

洗面所でメイクをしている間、浴室の扉を開けておくと猫は風呂の蓋の上で毛づくろいをし、窓から外を眺める。
時たま浴室をのぞき込み「ニャン」と呼んでやると、猫は「フギャ」と返事をする。

 

労働へ向かった。
最寄り駅のコンビニでメイに会う。うわべの会話しかしないのでテンション高くやっていけるのがうれしい。孤独な人間(わたし)は少しの会話で元気づけられる。

 

閑話休題

 

阪急電車の好きなところ 昼間は電気がついていないこと。
電車が三宮・御影・岡本・夙川・芦屋・西宮あたりを走っている間、優雅な時間だなと思う。ここら辺は空気が柔らかいように感じる。いつ来ても春の日のように爽やかで柔らかい。
途中下車したい気持ちを抑えてくるりを聴いた。坩堝の電圧

 

労働を終えて梅田に向かった。だいたい16時半。
朝から何も食べていなかったので我慢できずにインドカレーの店に駆け込んだ。バターチキンカレーを食べたくて仕方なかったのだ。
しかし店員の態度がふてこい。選べる三種のカレー、辛さの調節を聞かれなかったのでバターチキンカレーかキーマカレーが出るように祈った。
運ばれるセットの説明なし。よく見てみるとバターチキンカレーなるものがあったのでちょっとだけホッとする。味はまずまずだった。

 

そこから割と地獄だった。
なんかめっちゃ独り言の多い老人(なんかくさい)が入ってきて「ナマステ」と声をかけられる。最初は無視していたものの喋らざるを得ない状況(新しいナンが来た)になってしまって、薄ら笑いを隠し切れずにいた。
「お姉さんかわいいね。おじさんがお酒おごってあげます」と言われる。
私は基本良い酒しか飲まないし、ワイン以外は嬉しくない。しかし「店の売り上げが上がるから頼むだけ頼め」とインド人の店員にマジなトーンでどやされ、泣く泣くハイボールを奢られる。

 

キッツ!
そこからはさらに地獄だった。ジジイ・トーク炸裂。「彼氏を作りなさい」「結婚して幸せになりなさい」「いい男性に選んでもらえるように若いうちから自分を磨きなさい」等々。
まさに余計なお世話である。なおかつこの爺、74歳で26歳の孫がいるとんでもない野郎だった。20歳に声かけんなよ。
寂しいのかな。店員にも声をかけまくっているけどそれなりに丁寧にあしらわれている。
わたしが不快感を覚えていることはつゆ知らず、良かれと思って話していると思うと可哀想だった。
しかし、こういうことは珍しくない。可哀想だけど、可哀想なだけなのだ。
「こんなおじいさんの事は頬って、帰ってもいいんだよ」と言われた瞬間にニコニコしながら店を後にした。

 

書店へ急ぐ。茶屋町はおしゃれだなあ。
ギデンズの社会学を受け取る。本を目の前にしたとき

 

「????????????」

 

ってなった。ホントホント。てかなにこのぶ厚さ、重さ。枕?
恐る恐る中を開くと2段構成になっていて不安で死にそうになった。面白くなかったらどうしよう、読み進めていく内に内容を忘れていたらどうしよう、など。
しかしそれは杞憂に終わった。めちゃくちゃ細かく話題が区切られていたので楽しく読めそう。
今週の木曜日までに読み終えたらいいな、坂本先生に会いたい。
会って、わからないこととか聞けたらいいな。ちゃんと話せますように。

 

 

本を買ったついでに書店を散策した。
やっぱり本が売れなくなったこの時代、「読む必要がある(教養のつく)」本がたくさん出ている。意識高い系ばかり。
もう本は必需品ではないもんな~。デジタル版、SNSとか、ほかのツールが増えたから紙媒体である「必要」を売りにしているんだろうな。
啓発系が多いので背筋が伸びる。ついでにやる気とかアイデアも出てくる。
音楽系の棚を見ていると相変わらずビートルズが占領していた。
すごいよな、たった数十年生きただけなのにこんなにたくさんの本が出るのか。
生きているだけでネタ多すぎじゃん。私だったら100歳まで生きても本3冊くらいがいいとこだろうな。うらやましいな~。
モリッシーとかジョニーマーの本も数冊出ていた。ツェッペリンも多かったな。
立ち読みしたかったけど我慢。わたしの相手をするのはお前だけでいい。

 

帰路に着く。
わたしの住む町(町っていうか閑静な住宅地だ)はとても寒い。

 

いつもと違うバスに乗った。ふと五月の生暖かい風の中に湿りとは違う水分を感じていたことを思い出す 五月 五月かあ。新緑のおかげなのかな。
阪急沿線は春がよく似合う。冬は紫の空がよく見えるし、幸せについて考えたりもする。
わたしの町はどうだろう…お散歩には最適だ。店は少ないし、自動販売機もほとんどないところが好きだ。マルシェと温泉、おじいさんがやっているケーキ屋さん。うん。俗っぽくない。四季に寄り添った形の生活がしたい。田舎にはあこがれないけど、旬の野菜を使って毎日ご飯を作ったり、夏の間だけ麦茶を飲んだり、など。
たぶん、思っているより叶っている。

 

そういったことを考えていると、公園の近くにある街灯が変わっていることに気が付いた。
いつもは不気味なくらいオレンジで、光の届く距離が広く。春になると桜の花びらが光ったように見えていた、あの街頭だ。

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これです

今はほかの街灯と同じように、白く、特徴のない光になってしまった。
誰が変えたんだろう。苦情でも入ったかな。不気味に感じたのかなあ。

 

その違和感もいずれ消え、日常と共に馴化していくのだろう。
夜は更けていく。