日記 2019年10月22日 火曜日

2019年10月22日 火曜日

 

日記を続けるのを…諦めてえ…

 

今日は日誌形式で箇条書きにして締めよう。

 


・昨日の夜母が秋の果物のケーキを作ったと言っていたのでそれを朝餉にいただいた。
キウイ バナナ 巨峰 イチジク 生クリーム
おいしかったけど、気持ち悪くなってしまった。欲張りはいけない。

 


・学校へ。レポートに貼り付けるグラフなどなど家に忘れてしまい、新しくデータをいただいたものの支離滅裂な小西史上一番できの悪いレポートができた。

 


・イゴ―と帰路に着く。久しぶりに話せて楽しかった。やっぱり「会話」するのっていいな。最近会話だと思ってたけどそうじゃない会話ばかりだったので、うれしい。

 


・ぷりぷりのエビを食べると決めていたんだZE!家に帰ると分厚いステーキ。
・ギデンズを読み進める
ピクシブで私好みの作品に出会えぬものかとめちゃディグったらドンピシャな作品に出会えて感涙。その作者の想像力たるや…

 

閑話休題

 

以前も書いたけれど、私の住む地域は寒い。
金木犀の花ももうすでに散ってしまっている。しかしうちの大学に植えてある金木犀は今が満開なのだ。2週間以上の差、すごい。
レポート提出を終えて薄紫の空の下で肺いっぱいに金木犀の香りを吸い込んだ。
なんて贅沢なんだろう…。

 

その昔、私のあらゆるコンプレックスを生み出した諸悪の根源ヤロウが、金木犀の話をしたときに「小さな瓶に花びらを詰めて、水を加えて香水ごっこをした」と言っていたのを思い出した。わたしは金木犀を知ったきっかけは窓のCMかなんかで、トイレの芳香剤代わりに窓を開けて金木犀の香りで満たす、みたいなことを言っていたものだった。
後、国語の教科書に銀木犀が出たこと。香水の存在を知ったのは高校生に入ってからだし、やっぱりこんな至福のひと時になっても後ろめたい気持ちにならなくてはいけないと思うと嫌になった。

 

でも、フジファブリックの赤黄色の金木犀をあいつは知らなかったんだ。
それだけで十分だよな。

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OYASU

日記 2019年10月21日 月曜日

2019年10月21日 月曜日

 

明らかに変な夢を見た。
あまり覚えていない。

 

ちょっと寒いなと思ったのでセーターをおろした。
高校2年?3年の修学旅行前に買ったからだいたい3年前の服になる。実は修学旅行以外めっきり着る機会が減っていた。
サイズが大きいし、地味だし、ちょっとチクチクするなと思っていたが、久しぶりに腕を通してみると着心地がよかった。大人の余裕ってかんじだ。似合ってる。
なんていうか包まれているみたい…自分の事大切にしてるぜ、今。

 

昨日の夜、クレープが食べたいと思ったので学校へ向かうついでに買いに行った。
安いチェーン店で買うことを検討していたけれど、個人経営のクレープ店へ。
沢山のメニューがあって、なんていうか煩悩の権化みたいだった。(例:三種のベリーとチョコレート、バニラアイス・焦がしマシュマロ添え)
甘くてこってりしたいかにもクレープらしいものを頼みたかったけど、私は甘いものが食べられないので生クリームとオレンジだけのシンプルなクレープを選んだ。500円也。意外と高いんだな。


オレンジの甘みが感じられなくなるくらいに生クリームの主張が激しかった。気持ち悪くなり、残したい気持ちを抑えつつ完食。欲張らなくって良かったぜ

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一見さわやか。

なんていうか曇りと雨続きすぎ。
天気よかったら「ウォー!クレープ!!」みたいなテンションで食べられていたであろう。BPM高い曲聴いてもから回り。レディオヘッドを聴く。

 

ロックスターについて考えてみる。
どうしたって私たちが彼らにあこがれるのは、代替性がないことからだと思う。
つまりロックスターにはオリジナリティが備わっている。特に歌声 ボーカルの存在だな。
同じ曲でも別の人間が歌っていたらどうだろう。テイストが違ってくるはずだ。
コピバンを組んでカヴァーするのはその曲がいいからだろうか?それだけじゃない。憧れだってある。

 

ロックスターと聞いてだれを思い浮かべるだろう

 

わたしは特にマシュー・ベラミー(MUSEのフロントマン)が好きで、その理由を深く掘っていけばオリジナリティはもちろん、追求性がカッコイイと思う。
曲を聴いているとカッコイイな~と思うんだけど、その曲のしつこさ(いい意味で)、クオリティの高いことを思うとドン引きしてくる。素人が聴いていても作りこみすぎていると思う。
これを経て、圧倒された私たち、「ドン引き」した人たちは、マシュー・ベラミーを天才だという表現で形容できないなと思っているはず。
天才ではなく変態という認識が正しいんじゃないかと思えてくるくらい、マシュー・ベラミーはかっこいいのだ。ド変態だ!

 

もちろん他にも圧倒されるような曲を作っている人はたくさんいる。
ただ、楽曲のパフォーマンスとしての構成が「わかりやすい」のだ。
誰が聴いても壮大でダイナミック、それがMUSEだ。
簡単に鳥肌を立たせてくる、あの感じにあこがれている。

 

今聴いているレディオヘッドとかはこう、ジワジワ奥底からくる興奮がある。それも演出なのだ。オリジナリティ…トム・ヨークの踊り。
わたしがトム・ヨークの踊りをまねしても変な奴だと思われて終わりだ。レディオヘッドを聴いてアンニュイな気持ちになってもトム・ヨークのことは理解できない。
これもあこがれだ。

 

カラオケとかコピバンで真似をしても満足できないあの感じは、そのオリジナリティまではカヴァーできないからだと思う。我々は演奏している奴らの、その背景まで無意識に汲んで聴いているからかっこいいんだ。

 

あ、ちなみにわたしにとってロックスター並みに重要な人物がいます。
9mmの滝さん。彼は私のギターヒーローです。

 

聴こえない音楽に関する小話ふたつ

 


終電が近い三ノ宮駅付近で、皆酔っぱらったり疲れた顔をして歩いていた。わたしもそのうちの一人で、早く帰りたいと思っていた。これは、多分冬の記憶だ。

 

ふと向かいから20~30歳くらいのおとなしそうなメガネのサラリーマンがやってきた。
彼は有象無象の一人ではなかった。浮いていたのだ。満面の笑みで歩いていたからだ。
イヤホンをつけている彼は、どのような音楽を聴いているのか容易に想像できるほどスキップを隠し切れない歩き方をしていた。小さく頭を横に振って、腕をぶんぶんと振り回す。

 

音楽の情熱。音楽の与えてくれる力の大きさよ。

 

わたしも聴く曲によって少しずつ歩き方が違う。肩で風を切ったり、猫背になったり、スキップしたり、スウィングしたり。
わたしだけじゃないんだ~と呆気にとられた。その反面嬉しかった。
本当にそれだけなので誰にも話さなかったけれど、いつか誰かにこの話をしたい。

 


これは最近。先週の木曜日のこと。
父の職場付近にある茶店から帰ろうとしていた時、道のはずれに服屋があった。
平日の夕方なのでおそらく殆客が来ない日だったからか、扉が閉まっていた。しかし透明だったので、中の様子は見える。営業はしていた。

 

少し覗いてみると、道を背に店員が思いっきり踊っていた。

 

幼稚園児みたいな踊り方だった。おしりを横にフリフリしていた。
外からはどんな曲が流れているかわからない。だけど踊れちゃう曲なのはわかる。

 

わたしは、彼がこちらに気付く前にそっと立ち去った。
家に帰って、同じように踊った。
毎日踊っている私は、いろんな人に「なぜ踊っているのか」とよく聞かれる。
楽しいからだ。あの店員も同じように答えるのかもしれない。

 

おわり

 

今日はレポートを仕上げなくてはならないのでこれ以上は控えることにする。
今の時間は14:53です。

日記 2019年10月20日 日曜日

2019年10月20日 日曜日

 

猫が部屋の扉をひっかく音で目が覚めた。
少しでも動くとギィギィときしむベッドは二度寝を防いでくれる。
裸のまま猫を抱き上げようとするとどうしてか逃げられてしまった。
ベランダの戸を開けると一目散にやってきた。今度こそ抱き上げて景色を見せてやる。

 

洗面所でメイクをしている間、浴室の扉を開けておくと猫は風呂の蓋の上で毛づくろいをし、窓から外を眺める。
時たま浴室をのぞき込み「ニャン」と呼んでやると、猫は「フギャ」と返事をする。

 

労働へ向かった。
最寄り駅のコンビニでメイに会う。うわべの会話しかしないのでテンション高くやっていけるのがうれしい。孤独な人間(わたし)は少しの会話で元気づけられる。

 

閑話休題

 

阪急電車の好きなところ 昼間は電気がついていないこと。
電車が三宮・御影・岡本・夙川・芦屋・西宮あたりを走っている間、優雅な時間だなと思う。ここら辺は空気が柔らかいように感じる。いつ来ても春の日のように爽やかで柔らかい。
途中下車したい気持ちを抑えてくるりを聴いた。坩堝の電圧

 

労働を終えて梅田に向かった。だいたい16時半。
朝から何も食べていなかったので我慢できずにインドカレーの店に駆け込んだ。バターチキンカレーを食べたくて仕方なかったのだ。
しかし店員の態度がふてこい。選べる三種のカレー、辛さの調節を聞かれなかったのでバターチキンカレーかキーマカレーが出るように祈った。
運ばれるセットの説明なし。よく見てみるとバターチキンカレーなるものがあったのでちょっとだけホッとする。味はまずまずだった。

 

そこから割と地獄だった。
なんかめっちゃ独り言の多い老人(なんかくさい)が入ってきて「ナマステ」と声をかけられる。最初は無視していたものの喋らざるを得ない状況(新しいナンが来た)になってしまって、薄ら笑いを隠し切れずにいた。
「お姉さんかわいいね。おじさんがお酒おごってあげます」と言われる。
私は基本良い酒しか飲まないし、ワイン以外は嬉しくない。しかし「店の売り上げが上がるから頼むだけ頼め」とインド人の店員にマジなトーンでどやされ、泣く泣くハイボールを奢られる。

 

キッツ!
そこからはさらに地獄だった。ジジイ・トーク炸裂。「彼氏を作りなさい」「結婚して幸せになりなさい」「いい男性に選んでもらえるように若いうちから自分を磨きなさい」等々。
まさに余計なお世話である。なおかつこの爺、74歳で26歳の孫がいるとんでもない野郎だった。20歳に声かけんなよ。
寂しいのかな。店員にも声をかけまくっているけどそれなりに丁寧にあしらわれている。
わたしが不快感を覚えていることはつゆ知らず、良かれと思って話していると思うと可哀想だった。
しかし、こういうことは珍しくない。可哀想だけど、可哀想なだけなのだ。
「こんなおじいさんの事は頬って、帰ってもいいんだよ」と言われた瞬間にニコニコしながら店を後にした。

 

書店へ急ぐ。茶屋町はおしゃれだなあ。
ギデンズの社会学を受け取る。本を目の前にしたとき

 

「????????????」

 

ってなった。ホントホント。てかなにこのぶ厚さ、重さ。枕?
恐る恐る中を開くと2段構成になっていて不安で死にそうになった。面白くなかったらどうしよう、読み進めていく内に内容を忘れていたらどうしよう、など。
しかしそれは杞憂に終わった。めちゃくちゃ細かく話題が区切られていたので楽しく読めそう。
今週の木曜日までに読み終えたらいいな、坂本先生に会いたい。
会って、わからないこととか聞けたらいいな。ちゃんと話せますように。

 

 

本を買ったついでに書店を散策した。
やっぱり本が売れなくなったこの時代、「読む必要がある(教養のつく)」本がたくさん出ている。意識高い系ばかり。
もう本は必需品ではないもんな~。デジタル版、SNSとか、ほかのツールが増えたから紙媒体である「必要」を売りにしているんだろうな。
啓発系が多いので背筋が伸びる。ついでにやる気とかアイデアも出てくる。
音楽系の棚を見ていると相変わらずビートルズが占領していた。
すごいよな、たった数十年生きただけなのにこんなにたくさんの本が出るのか。
生きているだけでネタ多すぎじゃん。私だったら100歳まで生きても本3冊くらいがいいとこだろうな。うらやましいな~。
モリッシーとかジョニーマーの本も数冊出ていた。ツェッペリンも多かったな。
立ち読みしたかったけど我慢。わたしの相手をするのはお前だけでいい。

 

帰路に着く。
わたしの住む町(町っていうか閑静な住宅地だ)はとても寒い。

 

いつもと違うバスに乗った。ふと五月の生暖かい風の中に湿りとは違う水分を感じていたことを思い出す 五月 五月かあ。新緑のおかげなのかな。
阪急沿線は春がよく似合う。冬は紫の空がよく見えるし、幸せについて考えたりもする。
わたしの町はどうだろう…お散歩には最適だ。店は少ないし、自動販売機もほとんどないところが好きだ。マルシェと温泉、おじいさんがやっているケーキ屋さん。うん。俗っぽくない。四季に寄り添った形の生活がしたい。田舎にはあこがれないけど、旬の野菜を使って毎日ご飯を作ったり、夏の間だけ麦茶を飲んだり、など。
たぶん、思っているより叶っている。

 

そういったことを考えていると、公園の近くにある街灯が変わっていることに気が付いた。
いつもは不気味なくらいオレンジで、光の届く距離が広く。春になると桜の花びらが光ったように見えていた、あの街頭だ。

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これです

今はほかの街灯と同じように、白く、特徴のない光になってしまった。
誰が変えたんだろう。苦情でも入ったかな。不気味に感じたのかなあ。

 

その違和感もいずれ消え、日常と共に馴化していくのだろう。
夜は更けていく。

日記 2019年10月19日 土曜日

2019年10月19日 土曜日

 

朝起きて廊下に出るといつも猫が鎮座して待っている
いつものように猫を抱き上げるとなんだか重たくなっているように感じた。
猫のおなかは温かい。

 

労働を終えてラーメンをごちそうしてもらった。正直1日1食をラーメンで消費するのはもったいないと感じるが、ロハ飯なのでラッキ~!と思うことにした。
醤油ラーメンと白ご飯。

 

難波に向かう。ゼップ難波が2年ぶりだったことに自分で驚いた。
ショウゴとビッケブランカのライブを見た。
実はほぼ曲を聴いていなかったのだ…ドキドキ
サバちゃんの私は「ca va?」という歌詞がたくさん出てくる曲に謎に照れたりした。
感想は省略する。だって偉そうにツラツラ並べたくない

寄り道することもなく帰った。

 

明日も労働。何か楽しいことないかしらん。
とりあえず書店にギデンズを迎えに行かなければならない。

 

んも~秋だから黄緑のセーターが欲しいね。

 

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服と言えばファッション美術館のライブラリでお勉強した思い出

 

お金を稼ぎなさ~い

日記 2019年10月18日 金曜日

2019年10月18日 金曜日

 

あ~。一日に起きたことっていちいち覚えてる?
今日は曇りと雨が細々と続いていて、傘を持っていない私は走ったりして過ごした。
傘がいらない体質だと思い込んでいたけれど、雨が降ったら毎度走って何とかしているからかもしれない。

 

今日はマスカラをしなかった。のでなんか生活にやる気が出なかった。
髪の毛もセットしなかったし、服も適当に選んじゃったし。

 

不安の種と言えば、卒論ゼミが成績順だということ。
わたしはシンペーさんがいいけど難しいかなあ。
臨床心理専門の先生ばかりで大丈夫かなと思ったけれど、分野はどこでも構わないと言っている先生が多くて安心した。どう転んでもやることやるだけだ。

 

そんなことより大学院についていろいろ考えなければならない。
何を研究したいのか 誰から教わりたいのか 試験の対策準備など
今日一日割と真面目に過ごした。
経営の講義ではテスラ・モーターズについて発表した。モデルS欲しいぜ…

 

いつも以上に、孤独だなとおもった。その反面、うわべだけの付き合いの友達の談笑についていけず、何が面白いのか本当にわからなくなって「つまらないな~」と思った。
高校の時もこんな感じだったのを覚えている。
じゃ、アンタは面白い話できんのかよ?
といつも自問している。押し黙る。
「とっておき」の存在が欲しい。それは誰だろう。
話してて面白くて、発見があって、背筋を正してくれる存在が欲しい。

 

門田や三浦に会いたいなと思った。

 

そういえば今日、服を適当に選んだと書いたが、「わたしは着ないけど芸術点高いから買います」という服を着て行ったのだ。ボタンは黒蝶貝(茶蝶貝かもしれない)の、シルクのシャツ。サイズが大きいから、いつかネグリジェとして使いたいやつ。
そしたらサイゼリヤの店員に「素敵なシャツだね~!シルク?触っていい?」といわれ、快諾すると「すご~い!汗は吸い込むの?」となど聞かれてなんだか嬉しかった。(インナー着てますと返した。)
服は自己満足だと思っていたけど、褒められるとうれしい。

 

こんな感じでモノの「とっておき」はたくさんある。
シルクのシャツ、ピンクゴールドの指輪、水晶の原石、レモンクォーツのネックレス、ドリスのシャツ、など。
しかしなんだかな。

 

今朝、「2017年に戻りたいな」と思った。その理由の一つがベックのColorsがリリースされたから、というのがあったけど今日applemusicに先行配信でベックの新しいアルバムが出ていることに気付いてテンションが上がった。
だし、イエモンをテレビで見れたからよかった。

 

うん。よかったの。
だから他は雨のせいだね

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冬に作ったご飯 また作りたい などと冬に思いを馳せがち

何かから逃げたい でも何かってなんだ?
私はわがままなのかな 孤独を埋める相手を選ぶっていうのは贅沢なのかな~

 

冬かね。

日記 2019年10月17日 木曜日

2019年10月17日 木曜日

 

朝、いつものように起床して猫をベランダに放り出すと、いきなり猫が暴れだしたので虫と格闘したと思われる。
なので早めに家の中に戻して、歯磨きをしながら猫を抱きしめると強烈に臭かった。
カメムシ
すなわち、死…

 

それはそうと、今日は学校を休んだ。
今神戸で行われているアートプロジェクト「TRANS」を観に行った。
ほんとは坂本先生に会いたかったけれど、行ったところで私に何ができるのだろう、何か話せるのだろうかと思うと強迫観念に苛まれて辛かった。
先生と「対話」したい。そのためには知識がいる

 

TRANSは日時によってやっていないところがあって全て回りきるのが難しい。
だけど平日に行ったから誰とも会わず、独り占めすることができた。
距離はあるけどインスタレーション作品そのものにかける時間はとても短い方だと思う。
内容がアッサリしていて、それに見る側の想像力が試されているようだった。
心に訴えてくるものはない、ただそこにある「空間」とニヒリズム、生と死を漠然と映し出してくれる。
なんというか、ひどく無機質だった。
その分、移動している時は俗世間とのギャップに驚き、日常との隔たりを楽しむことができる。
神戸の街並みや風情を味わうのにもってこいだ。
しかし土地柄が濃いところばかり選ぶのだなあ
始めてフライヤーを見た時の高揚感は、普段キラキラしている神戸にフォーカスを当てている「あの」うんざり感に、影を落とし込んでくれたからだ。
あ、全然関係ないんだけどTRANSのスタッフ、マジで無言で背後から見つめてくるの怖いからやめてほしい(泣)

 

新開地で適当に入った喫茶店プリンアラモードのセットとトーストを頼んだ。
トーストはサクサクじゃなくてしなしなだったのが誠に遺憾だったので、兵庫県民会館のピッコロで「いつもの」を頼んで仕切りなおした。
わたしの「食べ直し」のクセ、ホントにどうにかならんかな。

 

帰り道、スケジュール帳を買おうと思って街を徘徊した。
突然ものすごく孤独を感じて背中が冷たくなった。
まだ2週間も経っていない。受け止め切れていない。
すごく、つらくて、かき消すように聴いていた音楽の音量を上げたけれど耳が限界だった。
誰かと焼き肉が食べたい
焼肉でも鍋でも、人と談笑しながら食べたい。けど、誰に連絡すればいいのかわからなかった。
単に私は今疲れていて、どうせ誰と会っても笑えたりなどできないのだ。
孤独だと言い張る私自身が孤独を愛していたりして。
いや それは違う 違うぞ 甘えるな

 

結局3件店を回って、まあまあイケてる店でスケジュール帳を買った。
いつも買っている(っていうて2年目だけど)メーカーの、同じポケットサイズの、ちょっと違うグレードのやつ。
こんな派手な色(結構原色めの赤とオレンジの中間みたいなやつ)だけど、でも流行りの色だし。
何より私の好みが今の流行りにドンピシャなので、乗れるだけ乗ろうと思う。

 

家に帰って、母とスーパーに行った。
ありがたいな。

 

ああ、ガッコに行けばよかった。坂本先生に会いたかった。何も話せないで、意味はなくても肯定してくれるのかな。いや迷惑だな。
授業もちゃんと受ければよかったな。

 

あ、
今日インゴルドのラインズを買いに書店へ行ったんだけど、社会学の分野にフェミニズムの本棚があって、ひとしきり背表紙を眺めた後「みんな相当怒っているんだな」という感想が出てきた。もちろん怒ることに意味はあって、私も怒っている。

 

ただ、笑うやつがいるんだよな。
しかも全く話の通じない奴とか。
最近ツイッターで、生活で、会話の中で、「男と女」の話題が増えた。もちろんそういう環境に身を置いているのが原因でもあるが。
やっぱり、言葉のまま伝わるのは難しいのだ
なおかつ、通じない奴もいる。
わたしは「振る舞い」をすごく大切にしていて、会話以外で大きく印象操作ができるからなんだけど、決して気を緩めてはならないなと思った。
舐められてはいけない。
人に悪口を言われている間、家で鍋をつついているような生活をしたい。

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これは元旦に撮った写真 冬が待ち遠しいし、過去が愛おしい。

ふう
明日から大学のレポートを仕上げていくぜ…
頑張ってね。

日記 2019年10月16日 水曜日

2019年10月16日 水曜日

 

八時半くらいに起きた。
最近聴く音楽に圧倒的に「飽き」がきている。なんかいいバンドないかな。
バンドじゃなくてもいいんだけどな。

 

昼食は近くのティーサロンでロイヤルミルクティーを頼んだ。
ポットで900円也。蜂蜜がつくと思っていたが来なかった。
かばんに入っていた見田宗介の本を読みなおす。
豊かさについて思いを馳せる。
やっぱり先日の母とのやりとりが頭に浮かんだ。

 

そして誕生日から一日経った今日、誕おめ絵をなんと2名からいただいた。
嬉しすぎて膝が震えたし、ちょっと泣いた。

 

さて
思うところがあるので書き留めていく。
今、日本赤十字社献血ポスター及び特典のクリアファイルが問題になっている。
そのアニメ自体はよく知らなかったけれど胸が大きかった。
多分そこだろうな。

 

見て不快だから下げろという話、と表面的には受け止められがちだけど、そうじゃない
アニメに問題があるのではなくて、発注者側のリテラシーがないということになる。
ゾーニング「すべき」作品にGOを出したのが問題だ、という話をシンペーさんとした。
別にエロが悪いっていうことではないのに。なんだかな。

 

ツイッターより)
フェミニストがセックスを語ったり、男に対していろいろ発現すること、何でこんなに「(魅力のない)お前が言うなよ」感が出るのか、
多分発言すること=選ぶ側 みたいな感じになるんだろうな。
今まで私たちが感じてきたように、上から目線に感じるのだろう。
んで、(性的に)魅力的じゃない女性は差別されたりするわけないと思われているのだろう。
「お前なんて誰にも相手されねーよ」的なことはそもそも蔑視じゃないか。

 

家に帰って母にこの話をするとあまり深く触れたくないようだった。
やっぱりどこまでも性って「俗」なんだろうなと思った。
わたしは一日中「性行為」や「性」について考えているけれど、ふしだらなのかしらん。

 

よ~く自分の体を見てみて、芸術点が高いのか、エロいのか考えてみた。
答えはノー じゃ、私を狙う男性は、セックスの意義をどこで見出すのだろう。
多分「その前」「その後」に大きな意味がある。
「どんな女とどれだけ寝たか」「どのように落としたのか」
が大事で、ステータスにつながると考えれば、「セックス」自体の意義が変わってくるだろう。

 

はあ~なんだこれ。
ニュースやばいことばっかり起きてるじゃん。
ねえだれかヤベーぞともっと言ってくれよ。
なんでみんな自分が頑張ればなんとかなると思っているんだろう。

 

わたし誰かと本気の会話がしたいよ。
寂しいなと思ってしまったよ。
わたしだけ真面目で、いつでも本気で、それはなんだかちょっと浮いてて、気まずく、つらい。

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せっかく大学生なのにな。