日記 2019年12月1日 日曜日

2019年12月1日 日曜日

 

この日記を書き始めて気づいたんだけど12月になったんだね。一度も話題に上がらんかったわ~。

 

朝、5時すぎに起床する。
リビングへ降り、誰も起きてないからと思いそっと扉を開けてみると、さっきまで寝ていたであろう毛を体温で湿らせしわくちゃになった猫が眩しそうに目を細めながらテーブルの上で立っていた。
あまりにも愛おしすぎる。お前につけられた傷を許そうと思う。

 

労働へ向かい、終わる。
急いで湊川神社へ向かった。見事な秋晴である。

 

生まれて初めての伝統芸能である能を鑑賞する。
マナーというかしきたり等無くて安心した。一本だいたい90分ほど、予習なし。
前から2番目の席に腰かけ開演を待つ。

 

能の感想

まず聞き取れても意味を考えるのに苦労 そしてわからない(疲れと生理のせいで爆睡した)。

楽器隊すごい。初めてあの太鼓を生で聴けて良かった。
女性が一人混じっていたのでうれしかった。本当は女性じゃないかもしれないけれど…。

後半は特にセリフなし、踊りのみ
そしてそれが何分あっても飽きない。頭の上にかかっている小道具?が美しかった。
歩き方、手の震えかた、呼吸の仕方、衣装のフォルム、シルエット…
本来の能のたのしみかたとは少しかけ離れているかもしれないけれど、有意義な時間だった。

狂言も鑑賞した。こちらの方はわかりやすく短く、楽しい。

 

能もほどほどにクレープを食べに湊川商店街へ向かった。

なんか勝手にイチゴとホイップを注文しよと決めていたのだけどアーモンドとクリームチーズに目新しさがありそれを頼んだ。
ぺらっぺらのクレープが出てくる。甘みなどはついていないし家でもできるようなクオリティだけど、人の手で作られ、笑顔で渡してもらい、ありがとう、また来てねと言葉を交わすことに価値を感じる…300円也。
近くのベンチに腰掛けて頂いた。

そこからミックスジュース(ガラスのグラスで出してもらって目の前で飲んでサヨナラするタイプ)を飲んだり野菜を見たりして商店街を後にした。

 

西日が眩しかった。美しいんだよなあと思う。光に包まれてゆく。

 

最寄り駅で光尊と待ち合わせて寿司を食べに行った。久しぶりに会った彼は老けていたし奇想天外な格好をしていた。しかし彼の身を置く界隈ではそれが流行っているのだと知る。

私の白いアイラインを見て「なんじゃそれ」という光尊の気持ちも一緒なのだろう。

 

まさかの大西さん一家と居合わせる(隣の家の人たち)。

コソンが謎に赤面するので心配になった。ともかく寿司だ寿司。

普段一人で食べている寿司を人と(てかテーブル席で)食べるのはまた違う味わいになる。

 

そこから2時間いろんな話をした。政治の話や夢の話、人柄の話、振る舞いの話、大人とは何だろうなど。

 

私はやはり賢くなった、というか選ぶ言葉が難しくなってしまったらしい。
光尊が寂しいと言った。素のお前と話したいと言ったが私はそれはできないし、自分は今のままで十分素なんだようと悲しくなったりもした。

 

そして与える側だと思っていた自分は、相手の理解がなければ押しつけになってしまうこと、状況を変えられない、状況を理解していない人たちには危機感を与えるだけなのだということ、私の世界観が完成しているので行動まで規定されていくような話し方になっているということなど、様々な気づきがあった。

 

2件目はたまに行くバーにいって酒を飲んだりした。ブランドの話が印象的だった。マルジェラの映画に感銘を受けたらしい光尊の話口調に本気度が伝わってくる。
私もマルジェラの映画と同じようにドリスヴァンノッテンの映画が本当にすごいと思ったし人生に影響を与えてくれたんだと話した。光尊はマルジェラを通じてやっぱり白が好きだと言ったし、私はドリスを通して自分の人生は間違ってなかったんだと思ったのを回想したのだ。

 

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光尊が東京土産に東京ばな奈をくれた。
家に持って帰って父に見せると、朝お仏壇に供えられていた。母が置いたのだろうか。