日記 2020年10月15日 木曜日

日記 2020年10月15日 木曜日

 

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 誕生日だ!0時を回った瞬間は布団の中でツイッターを見ていて、フォロワーの友人の皆さまからリプライがすぐに届いてとても嬉しかった。高校1年生、iPhoneを持ち始めてから今までこの習慣は続いている。仲いい友人は大体、0時になった瞬間に律義にラインや着信をよこしてくれるのだ。そのため、ラインを確認するのが若干億劫だったが(期待しちゃうしね)、杞憂に終わっていた。去年よりも、というよりも今までで一番メッセージが届いていた。絵を送ってくれたり、長文でおめでとうと祝ってくれたり、疎遠だった人から近況報告が来たり。うれしくて胸が熱くなった。本当にありがとう。

 自分自身にまつわることは大っぴらに公開するのに抵抗はない。その分、人からの贈り物だとか言葉だとかは秘密にしておきたい性分だが、印象的だったメッセージがあるのでそれだけ載せようと思う。三浦からの「私」のこと。

  

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私を構成する要素が、他人から見ればこんな感じなのか、と確認できる貴重な文章だと思う。なにより、私なりに誠実に三浦と接してきて良かったというか_言葉にしづらい安堵感があった。一応心理学部の端くれなのでこういう時ジョハリの窓とかを思い出すが、それにしても「私の呈示したい私」と「私の構成要素」、「三浦(受け取り手)の私への印象」が交わって精製された純度の高い「私」像は、切り口が新鮮で、なのにノスタルジックな感じがした。認知の軸が複数ある感じがして歯痒い。とりあえずこの気持ちを忘れたくないと思った。

補足すると、「三浦(受け取り手)の私への印象」というのは、三浦という存在の前提があって、彼女の心境(私も、彼女も推測できないもの)から生じる私への気持ちを指す。心境の土壌が常に変化し続けても、そこから三浦の意思で、「私」への信頼の手綱を取っているのが、これね、本当に貴重なことなんだ。けっこう誇らしく思っています。意味不明でもモーマンタイやで、私の日記やからええねん。

 

さて、せっかくの誕生日なのでめでたい話だけを書いていたいが、そういうわけにはいかないらしい。持病が悪化している。素人目線から見てもいい状態にあるとは思えない。身体が抵抗するために大きく変化させているのか、それとも侵食されているのかわからないのでとにかく不安である。なかなか眠れず、最後に確認した時間は5時過ぎだった。苦痛に悶絶した後の回らない頭で、明るいな、とだけ思った。

 

 起きたのは8時ごろだった。今日は母と買い物に行く。最初は三宮に繰り出して贅沢なランチを食べようと提案してくれていたのだが、最近の私は自分でも恐ろしいほどに欲がなかった。なんというか、母と一緒にのんびりと過ごしたいと思ったので、アウトレットに行きましょうと言った。とりあえず寒さに耐えてシャワーを浴び、父にお誕生日おめでとうと声をかけてもらい、妹の作ったクッキーをつまみ食いしたりした。母が、「このクッキー、花菜がお風呂入ってる間に10分追加して焼いたら焦がしてもてん」と白状してきて面白かった。

 

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ちょっかい出される

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アウトです

 

 服を着た。気に入ってる下着(よそ行き用)を着た。普段は有事がなければ上下違う下着の方が多いくらいずぼらだけど、今日は誕生日だから良いよね~ということにした。服は皺のついたシャツを選んだ。大体出かける前にアイロンをかけているが今日は誕生日だからこのままでいっかという自己中心的なチョイスが我ながらちぐはぐで面白かった。

 髪を巻く。ヘアオイルを思うとるより倍着けてから巻くと綺麗に仕上がることがわかり驚愕だった。スタイリング剤をつけていないのにしっかりキープされていて驚いた。

 トイレで経血を確認し、神よ!と心の中で合掌してから、嬉しさが収まりきらず「おかーーーさん生理来たーー!!」と叫んだ。あとで気が付いたが、なぜかトイレの窓は全開だった。なにはともあれ、東京では生理の心配をしなくていいのだ!心配事が一つ減った!最高の誕生日だ!

 

 車に乗り込み、母は「とりあえず足湯に行こう」と言ったのでなんだか誕生日っぽいぞと思った。移動中いろんな話をした。道端、木に橙色の果物がたくさん生っていて、琵琶か柿かわからんなという話をした。私はほとんど寝ていなかったのでハイになってよく舌が回り、いつもよりご機嫌だった。しばらくしてから、照明の死んだ異常な雰囲気輸入食品系酒屋に寄り道した。死んだ色の冷凍肉が売っていて、やはり私は肉が好きだと思いながら、僅かな赤色が目立つように写真を撮った。

 

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本命の足湯は今日に限ってメンテナンス中で使えなかった。肌寒かったので二人でええ~と落胆していると、すぐそばに気になっていた焼肉屋さんがあって、無駄足にならないようにここで昼食を摂ろうという話になった。たまたま開店5分前だったので店の前に立っていると、私たちの後ろにたくさんの人が並んでいった。運良く2番目に案内された私たちは個室に通された。霜降り肉のランチを頼んで、綺麗な白が散った肉を有難がって食べた。母は私に肉をよく焼けと言うが、私はレアが好きだし、せっかくのいい肉なんだからと表面を軽く炙るだけにしていた。今思うとほぼ生だった。そして、高い肉というのは庶民の舌どころか身体に合わない。終盤にはかなり気持ち悪くなりぜいぜい言いながら店を後にした。良い体験だった。

 

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アウトレットで服を見て回るなどした。私は生理痛+持病+先ほどの肉で凄まじい腹痛に襲われ歩き方が変になっていた。私はハンカチとマスカラを、母は上等なセーターを買った。あとアイシングクッキーのためのチョコペンとアラザンも買った。

帰りにスーパーへ寄るとなんだか外装が黒くなっていて「調子乗っとる」「KOHYOのパクリみたい」と辛口コメントを寄せたりした。するとリニューアルオープン(?)だったらしく、びっくりするほど安い値段でいろんな食品が売られていた。それを知った母は大はしゃぎだった。その頃私は徹夜のシワ寄せが来ていて本格的に体調を崩していたが、母が喜んでいるのでもうしばらく耐えることにした。「こんなに安いんは私の誕生野日やからな皆感謝せえよ」と言うと、「そうじゃなくて皆桃のことを祝ってくれてるんやろ」と母が言って、そういう視点が自分に無かったことに恥ずかしく感じた。たくさん買ってくたびれたが生き生きとした母を見るのは楽しかった。

 

帰りの道で、道端に大量に生っている果物は琵琶だったことがわかった。あんなに沢山あるのに車道側にあって誰も採ることができない。切ないねえ。

琵琶や柿だけじゃない。イチョウが色づいている。風は冷たいのによく晴れている、空が高い。もう秋だ。21歳か、というより、21年前のこのような時期に生まれたのか…と小学生並の感想を抱いた。

 

誕生日ケーキのリクエストのケーキ屋さんへ連れて行ってもらい、好きなケーキを全部買ってもらった(食べるのは私一人ではないが)。バースデープレート付けて!とせがんで、「ももかちゃんおたんじょうびおめでとう」と書いたお約束のやつも手に入れた。その帰り道、母に「幸せやなあ、ありがとう」と言うと、よかった~と優しい声が聞こえた。ありがとう、と躊躇いなく言える自分に成長を感じる。矯正していけるぞ!

 

 家に帰って妹とクッキーにデコレーションをした。楽しかった。妹と仲が良くてよかったと思う。昼に摂った肉の油で終始吐きそうだったが、かぼちゃのパイを用意し、「ハッピバースデートゥーユー」と歌い始めると父が手拍子をしてくれて、母と妹が一緒に祝ってくれた。ケーキを食べると、形式上誕生日を祝うのは終わりになって、日常へ戻っていく感じがする。弟は気を利かせてくれたのか不在だった。ありがて~と思った矢先、リビングで転寝をしていると「とにかく金が要る」と金の無心をする弟の声で目ざめ、改めてマジでコイツだけは私の人生に関わらんといて欲しいなと思った。

 

仕切り直して、今日は嬉しいことが書ききれないほど沢山あった。やらなければならないタスクとか私の身体状態や精神状態は置いといて、甘やかすとかではなく、私が私でいることを誇りに思っていい日というか、私自身を慈しむことを許される日があるのはすごいな。これが私だけではなく、全員に備わっている事、相手を祝福することになんのハードルもないのも有難いよな。

嬉しいことがあると、それを齎してくれた人たちに恩返しがしたいし、その人たちを大切にしようと思えるし、好きな人たちに同じ思いをして欲しい。こうやって少しずつ自分のコミュニティを形成していって、それが実る形で誕生日を祝福されているので、私はこれで大丈夫だと思える機会になったのがとても良かった。

 

今日は良く晴れてるからと、母が干してくれた布団で寝る。布団は干すといい匂いするよなあ。一人暮らししたら違う匂いになるんかな。

今日、誕生日、いつまで祝おうかみたいな話題が出た。私が日記で誕生日の意味を求めたのは、もう『誕生日』は有限なものであると、そういう気付きががどっかにあったのかもしれない。